Ads by Google

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ローマの松〜イタリアの松の木のイメージ

『松』と言うと、なんか能舞台の背景にある五葉の松がます頭に浮かびます。
そのせいか邦楽のイメージが強いのですが、
これはイタリア人であるレスピーギが作曲した「ローマの松」
確かに松の木は別に日本だけの樹木じゃないからね。

レスピーギにとっては「ローマの松」「ローマの噴水」「ローマの祭り」とともにローマ三部作という作品がるのですが、一般に音楽の教科書で鑑賞するのはたぶん「〜松」だけなんじゃないかな?

この曲は4つの楽章からなっており、
おのおの、「ボルゲーゼ荘の松」「カタコンブ付近の松」「ジャニコロの松」「アッピア街道の松」という題名が付いています。

「ボルジア荘の松の木立の間で子供たちが遊んでいる。彼らは輪になって踊り、兵隊遊びをして行進したり戦争している。夕暮れの燕のように自分たちの叫び声に昂闘し、群をなして行ったり来たりしている。突然、情景は変わり、第二部に曲は入る」

「カタコンブの入り口に立っている松の木かげで、その深い奥底から悲嘆の聖歌がひびいてくる。そして、それは、荘厳な賛歌のように大気にただよい、しだいに神秘的に消えてゆく」

「そよ風が大気をゆする。ジャニコロの松が満月のあかるい光りに遠くくっきりと立っている。夜鶯が啼いている。」

「アッピア街道の霧深い夜あけ。不思議な風景を見まもっている離れた松。果てしない足音の静かな休みないリズム。詩人は、過去の栄光の幻想的な姿を浮べる。トランペットがひびき、新しく昇る太陽の響きの中で、執政官の軍隊がサクラ街道を前進し、カピトレ丘へ勝ち誇って登ってゆく」

これが各々楽章の説明です。

まあ、松の木をきっかけにした情景描写と言えばいいんでしょうね。

http://www.youtube.com/watch?v=cKXkFZ4FqQ8&feature=PlayList&p=1CA69C9FFC7C0A41&index=0

動画はカラヤンの指揮、ベルリン・フィルの演奏によるものです。

個人的には第二楽章がすきですね。
メロディラインが、少し東洋的な感じがします。

シベリウス交響詩「フィンランディア」

シベリウスの一番有名な交響詩「フィンランディア」は帝政ロシアの圧政に苦しみ、当時独立運動が起こっていた母国フィンランドにおいて作曲されたそうで、当時の帝政ロシアが演奏禁止処分にしたんだそうです。(ウィキより)

彼の作曲した「フィンランディア」は国民の士気を高揚させ、彼らの精神的支柱となり、
ついに母国は独立を果たしました。
シベリウスは作曲家の枠を大きくはみ出した国民運動家となったのです。
この曲の開放性に比べると前に紹介したショスターコビッチの交響曲「革命」は重苦しい感が否めないなあ。

その後、合唱曲として有名になる「フィンランディア賛歌」は1941年、詩が付けられたとの事。
今度はスターリン体制のソヴィエトから露骨な侵略行為を受けていたフィンランド国民を奮い立たせるものとなったそうです。

ゆえにこのフィンランディアは第二の国歌として有名なんだそうですよ。

ボクは、合唱部時代、この曲を混声で歌った事があります。
メロディの美しさもそうですが、
物凄くスケールの大きな歌詞だったという記憶があります。
その歌詞は以下のものでした。


「七つの海越えひびけ
 はるかの国の人へ
 ふるさとの野に歌える
 私の希望こそ
世界のすみまで同じ
 平和へのうたごえ

 青き空の色深く
 木立も草もひかる
 わが祖国よ 若者よ
 他国の山もまた
 同じひかりに映えるを
 ともに願いうたえ」
この歌詞の中にフィンランドは出てきません。

しかし、ウイキによると
本当の歌詞はこんな訳になるそうです。
もう少し激しい歌詞になります。
まあ、国家存亡の危機にあるわけですから、当たり前ですかね?


「おおフィンランドよ、見よ、おまえの朝が明ける
夜の脅威は消え去った
ヒバリは輝く朝を歌う
あたかも空が歌うかのように
夜の力は朝の光によって打ち負かされた
おまえの朝が明ける、祖国よ

おお立ち上がれ、フィンランドよ、高く掲げよ
偉大な記憶の冠が飾るおまえの頭を
おお立ち上がれ、フィンランドよ、おまえは世界に示した
(他国への)隷属を追いやったことを
そしておまえが抑圧に屈しなかったことを
おまえの朝が明ける 」

これを観ると、わが国はまだまだ平和ボケしているのかも知れません。
つい60年少し前に、国家が滅亡する危機から這い上がって築いて来た
今という平和を、ただ享受するだけの民族は、いずれ、本当に滅びの時を迎えるかも知れません。

http://www.youtube.com/watch?v=0qFpQPX7vEA&feature=related

スメタナの「モルダウ」を合唱で歌った

チェコ・フィルによるスメタナの代表曲「モルダウ」です。
フルートから始まり、次第に多くの管楽器が加わり、最後に弦楽器が入り
メインのメロディが始まる、
まさに小さな湧き水が集まり大河となる様子が、楽器でここまでリアルに表現できる。

もう感心するしかありませんね。



実は、僕がモルダウに接したのは、オケではなく、
合唱曲「モルダウ」でした。

しかし、この曲
いっぱい歌詞が存在します。

1、「ボヘミヤ平野を 永久(とわ)に
青く潤(うるお)し ゆるやかに
流れる川こそ 永久に
わが故郷(ふるさと)の 誇るもの
流れる川こそ 麗しき
我らが生命(いのち)の モルダウよ
水清き 川の流れ 懐かしや

ボヘミヤ平野を 永久に
青く潤し ゆるやかに
流れる川こそ 永久に
わが故郷の 誇るもの
わが故郷の 誇るもの」

2「ボヘミアの川よ モルダウよ
過ぎし日のごと 今もなお
水清く青き モルダウよ
わが故郷を 流れ行く
若人さざめく その岸辺
緑濃き丘に 年ふりし
古城は 立ち
若き群れを 守りたり
ボヘミアの川よ モルダウよ
わが故郷を 流れ行く

ボヘミアの川よ モルダウよ
過ぎし日のごと 今もなお
水清く青き モルダウよ
わが故郷を 流れ行く
若人さざめく その岸辺
緑濃き丘に 年ふりし
古城は 立ち
若き群れを 守りたり
やさしき流れ モルダウよ
光り満ち
わが心にも 常に響き
永久(とわ)の平和を なれは歌(うと)う
たたえよ 故郷の流れ モルダウ」

僕が歌ったのはこのどれでもなく、
「 なつかしき河よ モルダウの
清き流れは わが心
うつくしき河よ モルダウの
青き水面(ミナモ)は 今もなお
流れにやさしく 陽はそそぎ                
さざなみはいつも 歌うたい              
岩にあたり しぶきあげて 渦を巻く」

そんな歌詞でした。

このモルダウは交響詩「わが祖国」の中の1曲
さらに言えば
交響詩「我が祖国」は
「ヴィシェフラド」、「ヴルタヴァ」、「シャールカ」、「ボヘミアの森と草原から」、「ターボル」、「ブラニーク」の6曲からできていて、
モルダウとはこの2曲目「ヴルタヴァ」のドイツ語読みなんですってね。

スメタナは、1824年3月2日 生まれ。
若い頃からピアノとヴァイオリンを学び、
さらに音楽を学ぶためにプラハへ行き、
とある貴族の家の音楽教師の座を獲得し、
1848年には、作曲家フランツ・リストからの資金援助を受けて、彼自身の音楽学校を設立した。

スメタナは1874年に梅毒に起因して聴覚を失い、
最後は梅毒の進行による脳障害により正気を失い、
プラハの精神病院へ収容されて死んだと言われてます。

すごいのは、中途失聴者になっても作曲活動を続け、
この後に書かれた代表的な作品が、この『わが祖国』だという事です。

彼の頭の中で醸造されたメロディが、
今も聴く人をひきつける作品「モルダウ」になったのですね。

きっと。

ベルリオーズはわかり易い…

ヤバイヤバイ…最近全然ブログ書いてなかったね。

気楽に書きたいんだけど、
いい事を書こうと思うと肩がこる。
書きたくなったら何か書こうと思っていたら1ヶ月過ぎちゃいました(苦笑)

それもあるし、
他の方々のクラシックのブログは専門的で役に立ちます。
いろんな意味でね。
それらをチェックしていたらそれで満足してしまったりして…。

聴いてない名演奏がいっぱいあるんですな。
まだまだ修行が足りない。
いや、修行なんか必要ないか…。

気楽に行こうってのがこのブログのコンセプトのはずで、
その意味では、最近気の利いた内容を書こうと固くなりすぎたね。

不勉強は不勉強なブログでいいはずなんで、
開き直りつつ、今後も細々とブログを続けていこうと思っています。
よろしく。

で、自分がクラシックを聴いてきた経験を振り返ってみると
まず、子供の頃に買ってもらった
学研の原色図解百科事典(全9巻)の音楽の辞典の付録の中にある
ワーグナー作曲「双頭の鷲の旗の下に」という曲を聴きまくりました。
同じレコードにヴェルディの「アイーダ大行進曲」が入っていたのですが、
それは当時あまり好きじゃなかった。
これがクラシック始め。

当時、自分は放送部だったので、校内放送でかけるレコードがいっぱいありました。
ビゼー「カルメン前奏曲」同じビゼーの「アルルの女」を聴き、
同じフランス関係で、サン=サーンスの「白鳥」(動物の謝肉祭)を聴き…、

で、フランス絡みでたどり着いたのがベルリオーズです。
もちろん、「幻想交響曲」ですよ。

ここで「もちろん」って言うのが浅学なところで申し訳ない。
なにしろ、印象が圧倒的なもんで。
ベルリオーズが自分の惚れ込んだ女優ハリエット・スミスソンに失恋して、
孤独や憎しみ、煩悶といった気持ちがロマン派を代表する描写音楽の名品を生み出しました。
(名品って言い方いいのかね?)

第1楽章「夢、情熱」
第2楽章「舞踏会」
第3楽章「野の風景」
第4楽章「断頭台への行進」
第5楽章「サバトの夜の夢」

個人的には、やはり、第5楽章が好きです。

「病的な感受性と激しい想像力に富んだ若い音楽家が、恋の悩みによる絶望の発作からアヘンによる服毒自殺を図る。」

ベルリオーズ自身のプログラムにはこうあるそうです。



動画は、スタインバーグの指揮によるN響の演奏です。

ペルシャの市場にて(アルバート・ケテルビー)

子供の頃、ペルシャって、なぜかエジプトやアラビアといっしょになってたイメージでした。

その不勉強の具合は今でも変わらないですよね。
40年以上過ぎた今だって、僕らはイランの事もアラビアの事もなにも知らない。
何か頭にターバン巻いた男の人が豪華なペルシャ絨毯を売ってたり、
なぜか顔を隠した女の人がベリーダンスを踊ってたりしているような感じ?かな。

この曲から、華やかなペルシャのイメージを想像してしまうのは、仕方ないですよね。

ちなみに、ウィキに依れば、
この作品は1920年に作曲されたもので、
作曲者のケテルビーが中東の大国ペルシャの市場の風景を、そこに出入りするラクダの隊商や蛇使い、占い師、物乞いなどを思い浮かべながら作曲したという話。

隊商(キャラバン)が遠くから街の市場に近づき、街の喧騒を通って最後はだんだん砂漠のかなたに遠ざかっていく様子を5分くらいで表現しています。
まだまだペルシャはミステリアスですよね。


 | HOME |  » ▲ page top